『サウスバウンド』

妻子を持ちトシも取ってくると、たいがいの男は若い頃に抱いていた志や理想を棄て、適当に世間と折り合いを付けながら人生の妥結点を見出していく。ところが本作の主人公、娘曰く「元過激派でアナーキスト」、実はただのいいトシをした無職のオッサンにすぎない豊川悦司は、税吏や子供が通う学校の校長など、権力の末端組織たる小役人たちに手当たり次第に異議を申し立てては、小さな反乱を繰り返している。
ことあるごとに「ナンセンス!(懐かしい語感!)」という言葉を突きつける豊川。しかし彼には「元過激派でアナーキスト」の翳りや挫折感のイメージはなく、全共闘世代特有の熱血漢的な汗臭さや、悲壮さとも無縁である。時おりニッと笑う豊川には、どこか飄々としたガキっぽさがあって、子供たちにとってははなはだ困った中年でありながら、ちょっとカッコいいところもある親父像を見事に表現していると言えよう。
映画の中盤、子供のイジメ問題をきっかけに主人公一家は沖縄へと引っ越してゆく。ここでも豊川は、東京のゼネコンや土地の土建屋たちとたちまち対立。反権力・反組織を貫く彼は、立ち退きの実力行使に出た土建屋たちに断固抵抗、ついに全面対決へと突入する。
寓話でありながら「沖縄=楽園」「人間性→回復」といったような安直な図式とはならず、依然として沖縄でも主人公は「ナンセンス!」と異議を申し立て続け、さらなる闘いへと立ち向かってゆく。その父親と彼を敬愛する妻、そして子供たち、という理想的な家族関係を、森田芳光監督は、間をハズしたような独特のゆるいタッチで描いてゆく。
天海祐希が、検挙経験を持つ妻役を好演。本作がデビューとなる子役の田辺修斗、警官役の松山ケンイチ、『恋しくて』の与世山澄子や御祖母ちゃん役の加藤治子、それに『間宮兄弟』で沢尻エリカの妹役を演った北川景子・・・・みんないい。役者が皆光り輝いている映画は良い映画である。『の・ようなもの』の伊藤克信のチョイ役も嬉しかった。
間宮兄弟』同様、この映画的至福の時間がいつまでも終わってほしくない、そう願わずにはいられない傑作でした。

の・ようなもの [DVD]

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