『コーヒー&シガレッツ』

世間が煙草に対して今ほど不寛容ではなかった頃、煙草はクールでタフな男のダンディズムを演出する映画的小道具として多用されていた。四十年代の映画に出てくるハンフリー・ボガートエドワード・G・ロビンスン、七十年代のジャック・ニコルスンなど、煙草をくわえた姿がニヒルでとてもよく似合う男優は多い。
女優ではジャンヌ・モロー。若い頃の彼女は、モラルに束縛されない自由な生き方をする女のイメージが強い。だから古い映画の中で彼女が煙草を吸う場面に出くわしたりすると、彼女がひどく魅力的に見えてしまう。
煙草は、長い映画の歴史の中で、反抗的で、生意気で、虚無的で、孤高なヒーローのキャラクターを際だたせる記号として機能してきた。

もうひとつ。煙草は友情を描く小道具、ある種の共犯関係を造り出す小道具でもあった。
ワタシの世代ではまず『スケアクロウ』。ジーン・ハックマンが煙草を吸おうとするがマッチがない。アル・パチーノが一本しか残っていないマッチに火をつけてやる。ふたりの間に友情が芽生える。『さらば友よ』では、手錠を掛けられ刑務所に送られるチャールス・ブロンスンにアラン・ドロンが煙草の火をつけてやる。ブロンスンは犯罪仲間のドロンを警察に売るまいと、ドロンを無視し立ち去る。『情熱の航路』という古い映画では、二本の煙草に火をつけたポール・ヘンリードが、その一本をベティ・デイヴィスに差し出す名場面(この場面をパロディ化したのが傑作『ヤング・フランケンシュタイン』)があった。

煙草を魅力的に描くこと自体、犯罪に近い扱いを受けるこの時代。魅惑に満ちた映画的アイテムがひとつ確実に失われてしまっていることだけは確か。
コーヒー&シガレッツ』は、ジャームッシュが、そんな煙草への映画的愛着をさりげなく綴ったエッセイ集。この映画を見て、煙草を不快に思った観客はまずいないでしょう。それだけでこの映画は成功だと思います。
それにしてもアメリカのコーヒーの不味そうなこと!

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