『武士の一分』

藤沢周平の描く時代小説では、東北山形の小さな藩(海坂藩)で僅かの俸禄を食む下級武士が、やむにやまれぬ事情(その多くは藩命)から師匠伝来の秘剣を使わざるを得ない状況に立ち至り、あるいは妻を棄て家族を失うものの、やがてはもとの生活を取り戻す、といった物語が多い。悪く言えば同工異曲、変化に乏しい世界なのだけれど、下級武士の質素な暮らし向きや妻子への慈しみ、さらには決闘場面の描写などそれぞれ工夫がこらされ、痛快さとは無縁の地点でいぶし銀のように渋い光沢を放って、読み手をまったく飽きさせることがない。
その面白さは、たとえばヒット映画のシリーズものを見るときの興趣(たとえば一作ごとに深く精緻になってゆく描写を楽しむことができるなど)に通じるところがあって、それだけに『男はつらいよ』という長寿シリーズの監督・山田洋次が、藤沢作品を立て続けに三度も映画化するというのは、きわめて理にかなった当然の成り行きと言える。
つまり『武士の一分』は、『たそがれ清兵衛』や『隠し剣 鬼の爪』を生んだ職人・山田洋次が、一作目よりも二作目、二作目よりも三作目といったように、熟練の技を尽くしてますます磨きをかけた名品の一本に仕上げられており、その渋く深みのある輝きは並み居る凡作をはるかに圧倒するものだ。
木村拓也の盲目演技もなかなかのもので、武術にはまったくド素人のワタシでさえ彼の振り回す樫の木刀の重みを感じ、圧倒された。わずかな登場場面ながら小林稔侍や大地康雄緒形拳の助演も光る。ことに下男を演じた笹野高史は『寝ずの番』と併せて今年度の助演賞が有力。「新しい飯炊き女を雇いたいのですが・・・」と木村に伺いを立てる場面など、涙なしには見ていられない。
スタッフでは、四季の変化を見事に描き出した出川三男の美術、それに音響効果も素晴らしい。このようなプロの仕事をワタシはこよなく愛します。
ただ、食材選びに失敗した小林稔侍が責任を負わされて切腹する場面で、介錯もなしに切腹できるものかどうか、潔いには違いないのだけれど、いささか疑問に思った。そこが弱点といえば唯一の弱点かもしれない。

たそがれ清兵衛 [DVD]

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隠し剣 鬼の爪 [DVD]

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