『戦場のピアニスト』

車椅子の老人がゲシュタポに窓から放り投げられるシーンがあった。主人公のピアニスト・シュピルマンは、この凍りつくような光景を窓のこちら側からただ見守る。これがポランスキーの実体験に基づくものなのかどうか定かではないが、四十年以上にわたる彼の作品歴を振り返ると、きわめて象徴的なイメージと言わざるをえない。
ポランスキー映画の主人公たちには特徴的な性癖がある。『ローズマリーの赤ちゃん』のミア・ファロー、『反撥』のドヌーヴ、『テナント・恐怖を借りた男』のポランスキー自身。彼らは窓や壁の隙間から向こう側をのぞきこみ、そのおぞましい光景に身を震わせながら次第に恐怖を増幅させ、妄想に取り憑かれていく。『チャイナタウン』のジャック・ニコルソンでさえ探偵という職業柄、他人の私生活をたえずのぞき見しているではないか。悪魔の儀式であろうと依頼人の亭主の浮気現場であろうと、ポランスキー映画の主人公たちはひたすらじっとその蠢く光景を見つめ続けていく。
シュピルマンもまた、まぎれもなくポランスキー映画の住人だ。隠れ家の窓や崩れた壁の隙間から彼が息を殺して見つめ続けるのは、日常的に反復される処刑や虐殺、そして破壊である。『反撥』『袋小路』『赤い航路』・・・・<まっとうな>人間ならちょっと眉をしかめたくなるような彼の作品群からすれば、一見堂々たる品格を備えた『戦場のピアニスト』でさえも、<のぞき>という行為が主題になっているという点ではポランスキー映画そのものだ。彼の映画がまぎれもない<のぞき>の映画であることは、「ヒッチコックの『裏窓』は大好き」(七一年発行『アートシアター』第八五号)という彼自身の言葉が雄弁に物語っている。(ちなみにトリュフォーも『裏窓』が大好きだから、どうも気の弱い小男は皆のぞきが大好きとみえる。)
ポランスキーがなぜ、<のぞき>という行為にかくもこだわりを見せ、窓の向こう側に恐怖をつのらせるのか。それは、ゲットーをくぐり抜けてきた者が生き延びるために身につけた動物的な知恵なのだ、という答えしか今のところ見つけることができない。
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