『刑務所の中』
世に刑務所映画は多けれど、脱獄する気など毛頭ゴザイマセンという囚人たちが主人公の映画なんて、これまであったかしらん? 傑作『穴』、そして『抵抗』『パピヨン』『ショーシャンクの空に』、ついでに『第十七捕虜収容所』『大脱走』などの収容所ものを思い起こしても、脱獄に飽くなき執念を燃やすのが囚人の常というもの。『大人は判ってくれない』のドワネルでさえ少年院を脱走したというのに!
『刑務所の中』では、作業、入浴、集会、懲罰など獄中生活の日課がこと細かに描き出される。中でも食事に関するくだりは秀逸で、朝昼晩の献立、正月の特別メニュー、月に六回出るという昼のパン、集会と称する映画鑑賞会のおやつや飲物までが微に入り細にわたって紹介される。用便や消しゴムひとつ拾うにも看守の許諾を求めねばならない窮屈な規則づくめの毎日。囚人たちの関心が食い物に集中するのも当然といえば当然だ。入院歴(収監歴ではない!)のある私には彼らの気持ちが痛いほど分かった!
主人公の花輪は、点呼に遅れたことで懲罰を受け独居房に移される。ところが彼は、そこがむしろ自分を煩わしい人間関係から解放してくれる癒しの空間であることに気付く。命じられた作業を夢中でこなし、ノルマを達成することに喜びさえ見い出すようになるのだ。
延々と繰り返される日常の細部に喜びを見い出そうとする彼らの肯定的精神は、苛烈な収容所の日課を克明に描写したソルジェニーツインの『イワン・デニーソヴィチの一日』をどこか連想させて、妙に明るい。と同時に、花輪たちの挙動は、動物園の檻の中にいる猿を眺めているときに感じる、あの可笑しさに通じるものがある。それは、彼らの挙動が、管理社会に住む我々のそれとほとんど全く変わらないのに、ほんの少しだけ違っているというズレから生じる可笑しさである。
『ショーシャンクの空に』の老受刑者は出獄後に首を括って自殺した。刑務所の中と外、いったいどっちがマシなんだ? そんなことを考えながら檻の中の猿たちの挙動にクスクス笑い続けた九十分だった。
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