『スコルピオンの恋まじない』

舞台は一九四〇年のある保険会社。ベテラン調査員(ウディ・アレン)の前に凄腕の女性社員(ヘレン・ハント)が現れ、調査部門をリストラしようとする。二人はたちまち衝突し不倶戴天の仇同士となるが、ある夜魔術師が二人に催眠をかけてしまったことから話は意外な方向に・・・と、ここまでくればもう先は読めてしまう。案の定、ハント女史は土壇場で不倫相手の社長を棄て、予定調和のごとくアレンと結ばれるのだ。何のことはない、三〜四〇年代のハリウッド製ロマンチック・コメディもかくやの他愛もないプロットである。催眠術が解けたとたん真実の恋に目覚めるというオチは、アステア=ロジャース・コンビの『気儘時代』から無意識のうちに頂戴したものだろう。その『気儘時代』に使われていたのがアーヴィング・バーリンの名曲『チェンジ・パートナーズ』なのだから、これはもう戯作者アレンの真骨頂と言うほかない。
四〇年代は『マルタの鷹』を頂点とするハードボイルド・タッチの全盛期でもあった。ジーン・ティアニーラナ・ターナーを思わせるようなイカレた金髪美人(ローラ!)が登場する場面は、『三つ数えろ』の冒頭、ボギーが依頼人の邸宅を訪ねる場面の完全なパロディ。アレン=ハントご両人による丁々発止のわたりあいは、どことなく『ヒズ・ガール・フライデー』を連想させる。キャロル・ロンバードローレン・バコールを足して二で割ったようなハント女史の(少し肉付きはよいが)クールでタフな美女ぶりも、まさに四〇年代なテイストだ。
仕事帰りのちょっと疲れた大人たちが、行きつけの店でグラスを傾けるまろやかな一杯の酒。『スコルピオンの恋まじない』は、そんな味と香りのする一本。