『船を降りたら彼女の島』

大動脈から外れている分開発を免れ、昔のままの佇まいを残しているところ。住んだことがないのに無性に懐かしい風景が広がっているところ。数年前、瀬戸内・愛媛を旅したときの印象である。『船を降りたら彼女の島』には、そんな当時のままの暖かい空気と香りが漂っていた。
瀬戸内の島に東京で働いている久里子が帰省する。二年ぶりの、しかも正月明けという時期はずれの里帰り。娘の久方ぶりの帰省に胸騒ぎを覚えながらも平静を装う父。妻を介してしか娘と対話できない彼は、今にも決定的なひとことが娘の口からこぼれ出るのではないかと、内心穏やかでない。いつもと変わらぬ振る舞いで彼を見守る妻。彼女は、娘の帰郷の理由などとっくに察している。
そしてとうとうその瞬間・・・・。キャメラは、暖かな日差しを反射する水面を捉え、決定的な言葉を大胆にも省略する。
決定的な思いを口にすることへのためらい。この映画は、お互いを思いやりながらも、その思いを言葉にすることのためらいを描いて、実に感動的だった。
無口な父親役の大杉漣が『変態家族/兄貴の嫁さん』以来の適役にして好演。開巻から大杉漣に入れ込んでしまっていたせいか、目頭が熱くなってどうしようもなかった。嫁をもらい、娘を持った中年として、一番イタいところを突かれてしまった感じ。大谷直子も、すべてお見通しの妻役を名演技で支えた。
クレジットを眺めていたら、女性スタッフの多いことに気が付いた。現場に女性スタッフが大勢いるということは、映画の仕上がりにとても大きな影響を与えると思う。この映画の繊細な肌ざわりは、磯村監督の力量もさることながら、実はそんなところに起因しているのかもしれないと思った。
舞台になった廃校跡の民宿は、川本三郎さんによると、大三島というところにあるらしい。小津安二郎の『東京物語』で、東山千栄子が亡くなったあと、家族が思い出話として話題にしたのがこの島のこと。そんなディテイルなどさっぱり忘れていた。
父と娘の物語(『晩春』)といい、大三島といい、磯村監督は、こういう形で密かに小津への敬慕を表していたんだなあ。