『さゞなみ』

華奢な体躯、か細い声。内省的で口数の少ない娘(唯野未歩子)の、繊細で、それでいて希薄ではない存在感が圧倒的に素晴らしい。
映画『さゞなみ』は、山形県のある市役所で水質検査技師として働く彼女の、禁欲的でつつましく、規則正しい日々を丹念に描いていく。山深い沢筋での採水作業、自転車通勤、帰宅後のうがい、そして清潔に整頓された机でのひとりきりの食事。
いくらか湿気を含んだように青っぽい色調で統一された映像は、静けさに包まれたこの映画が、あたかも風の凪いだ瞬間に水面が見せる静謐な表情そのものであるかのような印象を与える。
映画は、温泉場で採水する娘の後ろ姿を捉えたロング・ショットで始まり、彼女が旅立ったあと空になった実家の室内を写すカットで終わる。登場人物に距離を置いたキャメラワーク、登場人物を背後から捉えたショットの多いことがこの映画の最大の特徴だ。
背中を捉えたショット、引きで撮られたショットは、必然的に登場人物を囲む空間の広さ、他者との距離の大きさを認識させる。キャメラワークによる空間設計が、登場人物たちの孤独感(ひとりであることの実感)を演出している。
娘が鏡の前で紅をつけるとき、それまで距離を置いていたキャメラがはじめて彼女の側に寄り、以前と少しも違わない彼女の表情の奥で何かがざわめきはじめていることを伝えようとする。娘の凪いだ心の水面に細かな波が立ちはじめた瞬間を捉えた、見事なショットだ。
『さゞなみ』は、山深い水と緑の峡谷で交錯する母娘の心の中のさざなみを、永遠のネガに刻み込んだ見事な一枚の静止画ともいえる映画だった。