『さゞなみ』
『さゞなみ』には、小津映画の痕跡がいくつも見て取れる。
母と娘の物語が『秋日和』を思わせることはアチコチに書かれているようだから、それ以外の細部を拾っていくと・・・・
まず、母娘が旅先の川原で撮った記念写真。小津の映画で記念写真が撮られると、その家族に必ず離散や崩壊が起こることは、四方田犬彦氏(『ユリイカ』81年6月号「死者たちの召喚」)や蓮実重彦氏(『監督小津安二郎』)によっても指摘されていて、実際『戸田家の兄妹』『長屋紳士録』『麦秋』などが即座に思い起こされる。『さゞなみ』では、この記念撮影のあと娘は旅立ち、母娘の別れとなる。
その娘の向かった先は豊川悦司の住む山形。『麦秋』で、主人公の紀子(原節子)が家族の反対を押し切って結婚する相手が、やはり豊川と同じように子供のいる男やもめの医師。秋田の県立病院に赴任するという設定だった。秋田、山形はお隣同士で、南から行けば同じ方角。脚本も書いた長尾直樹監督が、なぜ山形を選んだのかは訊いてみないとわからないけれど、『麦秋』が念頭にあったのではないかとワタシは思っている(あるいは映画的記憶の偶然というヤツかもしれない)。
次に、水枕。水枕は『東京物語』の冒頭で尾道の老夫婦が交わした会話を思い出させる。『さゞなみ』自体が“水”をイメージした映画なので、『東京物語』の老夫婦が話題にした空気枕に水を満たしたんだな、と勝手に解釈している。
そしてカメラアングル。『さゞなみ』は、登場人物を背後から収めたショットが非常に多い。こうしたアングルがこの映画に独特の寂漠感を漂わせているけれど、正面からのショットが非常に多かった小津映画と好対照で、そのことが逆に小津を常に意識させていたと思う。
『船を降りたら彼女の島』と本作は、さりげなく小津映画への敬意を示しているという点で、実に良きライバルである。
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