『過去のない男』

男が列車の食堂車でスシを食べ日本酒を飲もうとする場面に流れるのは、なんとクレイジー・ケン・バンドによる「ハワイの夜」という日本語の歌! これが意外に違和感を感じさせないから不思議。パゾリーニ雅楽を使ったときのような衝撃的な感じではなく、むしろ叙情的。カウリスマキはきっと日本映画、それも古い日本映画が好きなんだろう(案の定、小津安二郎のファンとのこと)。
フィンランドは人口が少ない国だから、人の数をアテにした商売はまず成り立たないところだろう。海流が良いわけでもないからノルウェイほど漁業は発展しないだろうし、スウェーデンボルボのように大きな企業もない。良く言えば、森と湖の美しい国のイメージだけれど、悪く言うと活気に乏しく、大きな産業も経済発展もないところ・・・。
過去のない男』に映し出された町には人の気配や賑わいというものがない。殺風景で閑散としている。強盗に入られた銀行には行員がひとりしかおらず、防犯カメラは故障中。しかも、この銀行は北朝鮮に買収されたばかり、なんて自虐的(?)なギャグもあった。
いったい何年式なんだと思うような古いクルマが走っていたり、ゴミ捨て場からジュークボックスを拾ってきて再利用しようとしたり・・・・貧しい、というよりは、使えるものはどこまでも使ってやろうという質素な生活ぶりが、どこか昭和三十年代までの日本映画に出てきた世界を思わせて妙に懐かしく、親近感を感じさせる。日本人でさえ忘れてしまっていた日本映画の世界がここに生きていた! という感じ。
もらったお湯で出がらしのティーを飲むなどというシケた描写は、まさに成瀬巳喜男的! 成瀬が見たらさぞかし喜んだのではないか。中北千枝子加東大介で演ってもらってもよかったくらい!

成瀬巳喜男 THE MASTERWORKS 2 [DVD]

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