『エルミタージュ幻想』

全編ワンカットの映像それ自体は、ステディカムとハイビジョン・カメラという技術的達成をもってすれば、それほど驚くにはあたらない。ムービーカメラを手にしたことのある人間なら、誰でも一度は夢に見る映画的冒険のひとつにすぎない。だからことさら全編ワンカット撮影を云々することは、この作品の本質を見失うことになる。
とは言うものの、やはり本作を支えた技術スタッフの力量には感嘆するほかない。とりわけ照明。「スタート!」の声が掛かってから「カット! OK!」が出るまでの九十分余りの間、カメラは広大な建造物の中を絶えず浮遊し、移動し続けていく。屋内撮影だから当然人工的な光源が必要で、被写体を照らし続けた照明スタッフ陣の技術力は相当なものだと感心し、唸ってしまった。照明機材はいかにして移動し続けたのか! 
被写体が静物に限らず、数百人という人間たちだったことも驚き。彼らの誰かがいつかどこかでNGを出すのではないかと、ハラハラのしどうしだった(OKカットだからそんなことはありえない!)。
人物の登場と退出のタイミング、たったひとつのミスも許されない、すべてがワン・テイクに凝縮されることの映画的緊張感が、画にみなぎっていた。凡百のサスペンス映画もぶっ飛ぶ凄さである。
ヒッチコックの有名な『ロープ』は、正確にはワン・ロールごとのカット割りがあるから、その切れ目を探すという、ちょっと趣味的なお遊びが楽しめた。『エルミタージュ幻想』にはそれもないから、上映用プリントのロールがどこで切り替わるか、ついついそっちに目がいってしまった。
歌舞伎がエイゼンシュタインモンタージュ理論をインスパイアした、という伝説がある。『エルミタージュ幻想』も日本の絵巻物(切れ目なし!)にインスパイアされたのでは、などと想像しながら、この豪華絢爛映像絵巻を堪能させてもらった。

ロープ [DVD]

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