『エデンより彼方に』

モンゴメリー・クリフトという俳優がいた。『陽のあたる場所』『地上より永遠に』が公開された五〇年代前半には、日本でもファン雑誌の人気投票で男優部門の一位になったこともある。人気の絶頂期にハリウッドに背を向け、『波止場』や『エデンの東』のオファーを蹴っては薄給の舞台に立つなど、それまでのスターとはまるで異質な俳優だったが、実は彼は当時のモラルの中では御法度だったバイセクシュアルだった。
人気の頂点にあった五〇年代半ば、彼は自動車事故で顔面が滅茶苦茶になる重傷を負う。そのわずか数年前、事故死によって永遠のスターへと昇華したジェームス・ディーンとは対照的に、生きながらえてしまった彼の人気は急落。ハリウッドにも見棄てられて酒と薬漬けになり、六六年に四十五才の若さで他界した。
川本三郎さんの『ハリウッドの神話学』や山田宏一さんの『美女と犯罪』、ケネス・アンガーの『ハリウッド・バビロン』などを読むと、一見華やかだった五〇年代のハリウッドがいかに陰鬱な雰囲気に包まれていたかが見えてくる。この時代、クリフトは繊細でか弱い男のイメージをハリウッドに持ち込んだ最初のスターであると同時に、この崩壊寸前だった映画帝国の犠牲者でもあったのだろう。
エデンより彼方に』のデニス・クエイドは、自分の弱さを隠そうとせずさめざめと泣いたりする男。この映画が五〇年代のハリウッド映画を巧みに模倣し雰囲気を再現しえたのは、当時の象徴的スターであったクリフトの実像を土台にしたかのような人物像を通して、抑圧されていたタブーを見事に視覚化しているからではないだろうか。
エデンより彼方に』は、カットの丹念な積み重ねとディゾルブやフェード・アウトといった古典的な手法、それに五〇年代ハリウッド映画では当たり前だった劇伴を駆使して、実に巧みに物語を物語っていく。鮮やかな紅葉を捉えた映画としてはヒッチコックの『ハリーの災難』と並んで映画史にきっと残るに違いない。しかしこの映画の本当の凄さは、美しい紅葉の風景の向こう側に、五〇年代ハリウッド映画界の陰鬱とした暗黒が見え隠れしていることである。
蛇足ながら、五〇年代の怪奇映画で活躍したヴィンセント・プライス(『肉の蝋人形』)そっくりのメイクをした男の登場が笑わせた。ファンなら欣喜雀躍したことだろう。