『列車に乗った男』

いつの頃からか、未来について語ることをやめ、過去を振り返ることが多くなった。それは多分、残された時間よりもはるかに多くの時間を生きてしまった、ということを実感しはじめた頃からだろうか。
映画の冒頭、印象的な場面があった。初老の銀行強盗(ジョニー・アリディ)が列車に乗っている。彼は進行方向とは反対向きに座り、通り過ぎる景色をぼんやりと眺めている。その姿はまるで、未来よりも過ぎ去った過去に執着する老人のようにも見える。
見知らぬ街で、銀行を襲撃するまでの数日間、彼は初老の元教師の屋敷に逗留する。その屋敷で、彼は履き慣れない部屋履きを履こうとしたり、パン屋に買い物に出かけたりする。彼の胸に、今さらやり直しなどできるはずもない人生という重く長い時間が沈んでゆく。
『誰も知らない』と入れ替えでガランとしてしまった場内。冷え冷えとした空気が実に似つかわしい。
ただ、パトリス・ルコントはもともと資質的にハード・ボイルドな映画監督じゃないので、描写に少々湿り気があり、個人的にはもっと乾いたタッチがほしかったところ。
往年のジャック・ベッケルあたりが撮っていれば、素晴らしい題材だけに大傑作になっていたのではないか。そういえば、ベッケルの『現金に手を出すな』も、これを最後に引退と決めていた初老のギャング(ジャン・ギャバン)が、しくじる話だった。
ジャン・ロシュフォールも良いが、ジョニー・アリディの存在感が圧倒的。