『ヴェラ・ドレイク』

映画のキャスティングはとても大事だと思う。キャスティングが映画の成否を握ると断言する監督も少なくない。たとえば、バーテンダーならこういう顔、この俳優というイメージがあらかじめ観客の側にあって、演じる俳優がそのイメージに合わないと、どんなに立派な演技をしたとしても“らしくない”、つまりミスキャストの烙印を押されてしまうし、作品のリアリティそのものを台無しにしてしまうことだってある。だから、ハリウッドにはキャスティング専門のディレクターまでいるくらいである。
『ヴェラ・ドレイク』は、まず何よりもキャスティングが素晴らしい。
ヴェラ・ドレイクを演じるイメルダ・スタウントンはもちろん、彼女の夫・スタン役のフィル・デイヴィス、彼らの息子役ダニエル・メイズ、娘役のアレックス・ケリーなど、どの役者も皆役柄にふさわしい顔つきや物腰をしている。特にスタンの弟役のエイドリアン・スカーボローとフィル・デイヴィスは実の兄弟ではないかと思えるほどよく似ている。
マイク・リーの演出も素晴らしい。
マイク・リーは、登場人物の生い立ちや経歴を、映画に描かれない部分まで構築し、そこから生まれてくる人格や個性を演技として引きだそうとするらしい。役者は役柄を“演じる”というより“生きる”とでも言えばよいのか、ヴェラやスタンの表情、振る舞いを見ていると、“らしさ”や“ふり”を超えて、厳しい階級社会の最下層で暮らす無学な労働者の貧苦といったものが圧倒的なリアリティで迫ってくる。
イギリス映画は伝統的にこうしたリアリズムを得意としている。舞台人の層が厚いから、スターに頼らない謹厳実直な映画づくりが今も脈々と生きている。地味で渋いけれど、説得力のあるキャスティングがもたらす感動は本物である。