『四月の雪』

同じ自動車に乗り合わせていた男女が交通事故で重傷を負う。知らせを受けた男の妻(ソン・イェジン)と女の夫(ペ・ヨンジュン)が病院に駆けつけるが、男女の持ち物(携帯電話など)からふたりはお互いの配偶者同士が不倫関係にあったことを知る。病院前のモーテルに滞在しながら配偶者の回復を待つソン・イェジンペ・ヨンジュン。ふたりは次第に惹かれあってゆくが、やがて意識不明のままだったソン・イェジンの夫が息を引き取る。
交通事故で夫を亡くした妻(司葉子)が加害者(加山雄三)と許されない恋仲になってしまう成瀬巳喜男監督の『乱れ雲』を思い起こさせる『四月の雪』。ストーリーを言葉で要約すれば、あまりに劇的であり得ない設定ゆえ気恥ずかしくて鼻白む思いがしないではない。けれど、描写はストイックなほど抑制されていて、とても静かな映画である。
全体的に台詞が少なく、ことに後半に入るとソン・イェジンペ・ヨンジュンの表情やわずかばかりの動作だけで物語が進められ、まるでサイレント映画を見ているかのような錯覚にとらわれる。
ホ・ジノ監督の演出スタイルは『八月のクリスマス』や『春の日は過ぎゆく』と基本的に同じ。つまり、説明的な台詞や劇的な感情表現を排して、とりとめのない日常的な会話や最小限の動作によって登場人物の微妙な感情の襞を描こうとする。小津安二郎を尊敬していると語る彼らしく、どこか日本映画的である。思い切った台詞の削り方など、成瀬の申し子といった感すらある。
ペ・ヨンジュンの押さえた演技も見事だけれど、ソン・イェジンがさらに素晴らしい。交通事故で死なせてしまった若者の葬儀に出た帰り道で嗚咽する場面や、ペ・ヨンジュンとアパートで密会していたところに彼の義父が現れ、バスルームに身を隠したあとに見せる表情が何ともいとおしい。許されない恋に堕ちた女の哀しみと惨めさ、うしろめたさを表現して抜群の巧さと存在感を示す。『私の頭の中の消しゴム』は未見。楽しみである。

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