『風の前奏曲』

『風の前奏曲』は、一昨年の『マッハ!』で技術的水準の高さを示したタイ映画が、その実力を改めて見せつけた一本。タイの伝統楽器、舟型の木琴“ラナート”をめぐるお話で、一種の音楽映画として第一級のエンターテインメント作品である。
若くしてラナート奏者としての名声を得たアヌチット・サパンポン(シカゴ・ホワイトソックス井口資仁選手にちょっと似ている)が、競演会で伝説の演奏家(『大脱走』の頃のリチャード・アッテンボローにそっくりな正真正銘のラナート奏者)と対決し、完膚なきまでに打ちのめされる。ふたりの対決する競演会場面は二度あって、アッテンボロー氏は本物の演奏家だからもちろん凄い演奏を見せるのだけれど、井口君もなかなか達者な演奏を披露してくれて、壮絶な音楽バトル・シーンが展開される。何よりもカッティングがお見事で、興奮させてくれる。
最近はミュージック・クリップのおかげか『スウィングガールズ』や『NANA』など音楽シーンのよくできた映画も多くなってきたけれど、日本映画ではなかなかこれほど見事な編集にはお目にかかれない。ひょっとしたらハリウッド仕込みかもしれない。井口君の練習量もハンパではなさそうだ。
映画は、井口君の若きラナート奏者が、ついに伝説の演奏家であるアッテンボロー氏を打ち負かすまでの前世紀末頃と、伝統文化が弾圧を受けた太平洋戦争の頃を交互に描いてゆく。そこには伝統楽器ラナートへの深い敬意と愛着、古きよき時代へのオマージュが感じられるのだけれど、そんな理屈は抜きにして、ラナートの超絶技巧を思う存分堪能できる音楽バトル映画として、無類の面白さに満ちている。