『ブロークバック・マウンテン』

第二次大戦の終結直後に『山河遙かなり』『赤い河』で華々しくデビューし、『陽のあたる場所』『地上より永遠に』が公開された五〇年代前半には日本でも人気絶頂だったモンゴメリー・クリフト。彼は実は、知る人ぞ知る同性愛者(正しくはバイセクシュアル)だった。
人気の頂点にあった五〇年代半ば、自動車事故で顔面が滅茶苦茶になる重傷を負い、そのわずか数ヶ月前、事故死することによって永遠のスターに昇華したジェームス・ディーンとは対照的に、生きながらえてしまったクリフトは、同性愛者を嫌ったハリウッドにも見棄てられ、酒と薬に溺れて六六年に四十五才の若さで他界した。
エリザベス・テイラーに生涯愛され続けながら結婚しなかったのは、彼が当時のモラルの中では御法度だったバイセクシュアルだったからだったとも言われているけれど、クリフトの悲惨な末路は、当時、同性愛者がいかに世間から疎外された存在であったかを示す格好の例ともいえる。『ブロークバック・マウンテン』の終盤、事故死したことが伝えられるジェイク・ギレンホールの最期に、なぜかモンゴメリー・クリフトの哀れな死が重なって見えた。
そのクリフトが奇しくも亡くなった年、映画製作倫理規程(ヘイズ・コード)が大幅に緩和されて、アメリカ映画はそれまでタブーだった暴力(たとえば『俺たちに明日はない』『ワイルドバンチ』『時計じかけのオレンジ』)、セックス(たとえば『卒業』『愛の狩人』)、ドラッグ(たとえば『イージー・ライダー』)、それに同性愛を積極的に取り上げるようになった。
当時製作された『真夜中のパーティ』や『狼たちの午後』、『脱出』といった映画は、それまで映画製作倫理規程によって縛られていた同性愛表現の枠を明らかに超えるものだった。同性愛をあからさまに描かないまでも、ポール・ニューマンロバート・レッドフォードが列車強盗の果てに南米ボリビアまで逃避行する『明日に向って撃て!』、アンジェリーナ・ジョリーの父上であるジョン・ヴォイトが男娼に扮してダスティン・ホフマンとフロリダ行きを夢見る『真夜中のカーボーイ』、刑務所を出獄した男が旅の途中で出会った男と共に旅する『スケアクロウ』、妻と娘を棄てた男たちの旅を描く『さすらいのカウボーイ』など、同性愛かそれに近い男同士の友情を描く映画が、この頃からアメリカ映画にひとつの大きな潮流を作っていく。
ブロークバック・マウンテン』を見ながら思い出していたのは、アメリカン・ニュー・シネマの時代に現れたこれら映画の登場人物、心優しい男たちのことだった。彼らはそれまでのアメリカ映画の主人公であった強い男、屈強な男のイメージを覆して、友だちを思いやる心優しい男たちばかりだった。『ブロークバック・マウンテン』のヒース・レジャージェイク・ギレンホールは、まさにそんな男たちの延長線上にいるのではないか。
第二次大戦後の冷戦のさなかに多くのファンを惹きつけたモンゴメリー・クリフト、泥沼化するヴェトナム戦争に「ノー」を突きつけたアメリカン・ニュー・シネマの心優しき男たち、そしてイラク進駐が長期化する時代に現れた『ブロークバック・マウンテン』のカウボーイたち。戦争に疲れ果てたとき、なぜか映画の中の男たちはお互いを慰めあうようになる。
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