『県庁の星』

県庁の職員が主人公とはめずらしい。たぶん日本映画史上はじめてでは。同じ公務員でも警察官や消防士、教師が主人公の映画は数え切れないほどある(たとえば警察官なら織田裕二主演の『踊る大捜査線』シリーズ、クリント・イーストウッドの『ダーティハリー』シリーズ、森繁久弥の『警察日記』、消防士なら『タワーリングインフェルノ』『バックドラフト』、教師なら『二十四の瞳』や最近の『あおげば尊し』といった具合)のに、いわゆる役所の職員が主人公の映画はちょっと思い浮かばない。黒澤明の『生きる』と昨年の『いつか読書する日』(ともに主人公は市役所勤め)くらいか。第一、役所が舞台では画にならない。そういう意味では『県庁の星』は画期的とも言えるし、これがヒットしていることには注目していいと思う。
織田裕二はK県のエリート職員。民間との交流人事という名目で三流スーパーに派遣される。そこで織田の教育係に任命されたのが高校中退のパート従業員の柴咲コウ
映画の前半は、エリート意識むき出しの織田と柴咲コウら従業員たちのすれ違いや衝突が描かれる。鼻持ちならない嫌味な役人を織田裕二が実に巧く演じている。その織田を“お客様”として預かり、無事に県庁に返したい店長は、従業員たちと織田の軋轢が気が気でない。
三流スーパーを“改革”するため、織田は新しい弁当メニューを提案する(厨房で働く外国人労働者に各国語のレシピまで用意して配るというのが笑わせる)。はじめ彼の企画した弁当はまったく売れないが、工夫を重ねることで徐々に売り上げが伸び、いつしか従業員たちの信頼を勝ち取ってゆく。このあたり、軽快なテンポがハリウッド映画の展開を思わせ、徐々に変化してゆく織田と柴咲の心境もうまく描かれている。
それに比べると県庁での描写は類型的。織田がスーパーに派遣されている間に県庁の政策が方針転換になり、念願の福祉施設建設のプロジェクトから外されてしまった織田は、施設建設に絡む不正談合を糾弾する。議会での糾弾シーンが『スミス都へ行く』をちょっと思わせるのだけれど、このあたりの展開が「リサーチを全然していない」(原作者・桂望実の言葉)だけあって、少々いいかげん。福祉施設の建設プロジェクトを産業政策課がやるのか、といった初歩的な疑問もある。“神は細部に宿り給う”という。細かいところほどきっちり描いて大きな嘘をついてほしかった。
県議会議長を演じる石坂浩二はミスキャスト。黙っているだけで腹の黒さがわかるような、クセのある役者を起用すべきだった。石坂は、むしろ議長に逆らえないインテリの商工労働部長役がお似合い。知事役の酒井和歌子も迫力不足。彼女ならせいぜい市役所の福祉部長どまり。
とまあ、不満な点もいろいろあるけれど、これまでの日本映画にあまりないジャンルのエンターテインメント作品として、十分楽しめる仕上がりになっている。

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