『ゆれる』

『ゆれる』は、西川美和という、恐ろしく感覚の研ぎ澄まされた女性監督の子宮内で育まれ、産み落とされた驚嘆すべき傑作である。
山梨の山村で香川照之がガソリンスタンドを経営している。そこを手伝っているのが真木よう子。彼女はかつて、香川の弟で母の一周忌に帰郷したオダギリジョーと関係を持っていた。ふたりの過去を説明する台詞などは一切ないが、真木がオダギリの乗った車のフロントグラスを拭くショットでふたりの関係を一発で判らせてしまう演出が、巧い。
ふたりは法事が終わった夜、久しぶりに性交渉を持つ。スタンドで働く香川が、トラックの給油口に給油ホースをブスリと“挿入”するショットがここで大胆にカットバックされる。“性”に対する西川監督の強い関心と執着を感じさせるエロチックな描写である。
コトを終えて家に戻ったオダギリは、真木との一件をごまかそうとする。しかし、真木にどうも好意を抱いているらしい香川は、オダギリの嘘を即座に看破する。この場面でも、洗濯物をたたみながら決して弟と視線を交えようとしない香川の心理状態を、観客に納得させてしまう演出が凄い。
翌日、オダギリと真木は、香川に誘われて、兄弟が小さい頃よく遊んだ渓谷に出かける。そこの古いつり橋上でふらついた真木は、とっさに彼女を抱きかかえようとした香川を激しく拒絶する。真木の表情が嫌悪感に歪む。真木はなぜこうも激しく香川を嫌悪したのか。
真木の死因を争う法廷で、真木の膣内から微量の精液を検出したことが明かされる。つまり、つり橋から転落した時の真木の体内には、前夜オダギリが射出した精液がまだ残っていたことになる。真木の香川に対する激しい拒否反応は、体内にオダギリの精液を受け入れた真木が、まるで彼の精液を死守しようとして、他のオスを本能的に拒絶したようにも思える。メスの生理はかくも峻烈なものなのか。慄然とさせられる。
真木はつり橋から落下死する。殺人? それとも事故? 事実は法廷で争われることになる。法廷場面が、日本映画としては屈指の面白さ。脚本がよく練られていると思う。傍聴人がごく限られた関係者だけというのも、テレビの推理ドラマの法廷シーンと違ってリアル。
遊びになれていることをうかがわせるオダギリジョーの性格描写、独身のまま田舎の実家で家を切り盛りする香川照之の屈折した性格描写も、女性監督ならではの繊細さ。法事に遅れたオダギリをなじった父親(伊武雅刀)がこぼした膳の後始末をする香川のズボンに酒がこぼれ落ちる描写や、トレーに入った現像液に波紋が起こることでドアの開閉を表すショットなど、まさに繊細の極致。映画好きを唸らせる才気走った映像!
西川美和という監督、まったく恐るべき才能の持ち主で、これからが大いに楽しみ。こんな監督の手にかかったら男どもはみんな丸裸にされてしまうんだろうな。
オダギリジョーが過去ベストの演技。香川照之は各映画賞の主演(もしくは助演)男優賞を根こそぎかっさらってしまうだろう。

ゆれる [DVD]

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