『ブラック・ダリア』

ブラック・ダリア』は、一九四〇年代から五〇年代にかけて主にハリウッドで製作された一群の犯罪映画(のちに“フィルム・ノワール”と呼ばれる)の世界を再現しようとする試み。
フィルム・ノワールの作品群は映画館で再映されることはほとんどないけれど、ビデオでならその多くを見ることができる。これらの作品にどれだけ接しているかによっても『ブラック・ダリア』に対する意見は大いに分かれるだろう。もちろんブライアン・デ・パルマ監督作品として楽しむこともできるのだけれど、それだけでは本作を十分に味わうことはできないと思う。
フィルム・ノワールに分類される作品群には幾つかの共通項がある。いかがわしい登場人物たち、入り組んだ人物関係(何度見ても分からないことがある!)、大半を占める夜の場面やコントラストの強いモノクロームの映像、殺人など。そして何より、男の人生の歯車を狂わせる運命の女(ファム・ファタール)の存在!
たとえば、『郵便配達は二度ベルを鳴らす』のラナ・ターナー、『ギルダ』『上海から来た女』のリタ・ヘイワース、『深夜の告白』のバーバラ・スタンウィック、『殺人者』のエヴァ・ガードナー、『ローラ殺人事件』のジーン・ティアニー、『三つ数えろ』のローレン・バコールなど、その妖しげな魅力とセックスアピールで男どもを翻弄し破滅へと導いてゆく。犯罪映画の成否の鍵は、こうした悪女たちがどれだけ輝いているかにかかっていると言ってもいいくらいだ。
一方の男優たちはといえば、ハンフリー・ボガート(『マルタの鷹』『三つ数えろ』)、ジョン・ガーフィールド(『郵便配達は二度ベルを鳴らす』)、スターリング・ヘイドン(『現金に体を張れ』)、ジェームズ・キャグニー(『白熱』)、グレン・フォード(『ギルダ』『復讐は俺に任せろ』)など、今ではほとんど死語に近い“ハードボイルド”な男とはいかなるものかを、見事に体現して見せてくれていた。
ブラック・ダリア』の見どころは、猟奇的な殺人事件を契機に、いかがわしい登場人物たちの歪んだ人間模様や忌まわしい過去が暴かれてゆく、というまさに“フィルム・ノワール”的な展開で、殺人の被害者(女優志願の若い女性=ミア・カーシュナーが美しい!)が実はブルーフィルムに出演していたというあたりも、いかにも『三つ数えろ』を彷彿とさせる、いかがわしい雰囲気に満ち満ちていてなかなかよろしい。
ただし、ミア・カーシュナーとファム・ファタール役のヒラリー・スワンクが、瓜二つという設定にもかかわらず似ていない、との指摘が少なからずあって、そこが弱点との評価もある。ワタシの意見は少し違っていて、似ている似ていない以前の問題として、ヒラリー・スワンク自身にファム・ファタール的魅力が乏しいのではないか。容貌的にも大富豪令嬢というには少し品格が足りないように思う。『ミリオンダラー・ベイビー』の演技派も、こと『ブラック・ダリア』に関してはミス・キャストの感が強い。
さらに残念なのは、主役の刑事役ふたり。主人公が魅力的な人物であればあるほどフィルム・ノワールは大いに輝く。ハンフリー・ボガートジョン・ガーフィールドスターリング・ヘイドンらはその好例。しかし残念ながら、ジョシュ・ハートネットアーロン・エッカートではいかにも弱い。強力な配役がほしかったところだ。たとえば『チャイナタウン』の頃のジャック・ニコルソンのような。
蛇足ながら、ヒラリー・スワンクの“マデリン”という役名は、ヒッチコックの『めまい』でキム・ノヴァクが演じた女に由来しているのだろう。デ・パルマ好みの役名である。

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