『父親たちの星条旗』

父親たちの星条旗』は、ほとんどモノクロームに近いレベルまで彩度を落とした硫黄島の戦闘場面、無理やり帰還させられた三人の兵士たちが戦時国債の広告塔として全米各地でキャンペーン活動をさせられる場面、そして三人の帰還兵のうちのひとりの息子が父親の戦争体験を取材してゆく現代という、三つの時制を交錯させながら、愚劣な国策と国策に踊らされる民衆の狂熱をシニカルな視線で描く一方で、戦争という抗いようのない大きな波によって運命を狂わせてゆく小さな存在たちに限りない共感を寄せている。
腹部から飛び出した内臓を自らの手で押し込めようとする兵士や、友軍の砲撃によって倒れる兵士たちを描いた戦闘場面は、スタンリー・キューブリックの『突撃』や、本作の製作者でもあるスティーヴン・スピルバーグの『プライベート・ライアン』、韓国映画の近作『ブラザーフッド』などと並んで、凄惨をきわめる。
兵士たちはただひたすら蟻のように砂浜に這いつくばるしかなく、黒い砂にまみれたその顔が誰なのか識別すら不能である。ここには、戦争遂行の大義名分もマッチョな英雄主義もなく、いかなる名目に拠ろうとも、このような戦場に若者を駆り立て、なおかつ戦争遂行のために彼らを利用し尽くそうとする側にだけは絶対に与しない、という監督クリント・イーストウッドの毅然とした態度が感じられる。
イーストウッドは『ミスティック・リバー』『ミリオンダラー・ベイビー』でキャリアの頂点を極めたかと思われたが、依然として発展途上。『父親たちの星条旗』は、新作にしてすでに古典の風格を備えた傑作。今後戦争映画の代表作の一本として長く語り継がれるだろう。同じ戦闘を日本軍の側から描く『硫黄島からの手紙』の公開が待ち遠しい!
なお、プレストン・スタージェスの『凱旋の英雄万歳』(一九四四年作品)が本作の下敷きになっているという説があったので参考にビデオで見たら、こちらもなかなか面白かった。興味のある方にはお勧め。
ストーリーはこう。花粉症という不名誉な理由で除隊させられたために故郷に帰るに帰れない若者が、ある古参兵に偶然出会う。彼は、第一次世界大戦で戦死した英雄である彼の父親の戦友で、若者を戦争の英雄に仕立て上げて帰郷させることにする。若者の帰還を大歓迎する故郷の町ではおりしも市長選挙中。英雄扱いの若者はたちまち市長候補に祭り上げられてしまう。若者は自分が戦争の英雄などではないことを告白し、候補者から降りる。しかしかえってその正直さに感心した市民は、あらためて彼を市長候補に推す。
一見、フランク・キャプラの『スミス都へ行く』などを思い起こさせるコメディだけれど、当時はまだ第二次世界大戦中。国威発揚映画ならいざ知らず、花粉症なんかで軍隊を追い出された情けないヤツを主人公に据えたところがいかにも皮肉屋プレストン・スタージェスの面目躍如。マッチョな英雄が大好きなヤンキーから猛反発を喰らいそうなネタではある。
ちなみに、才気煥発のスタージェスは、この前年、一晩行方をくらませていたベティ・ハットンが夜明けに帰ってくると妊娠していて、相手が誰かわからないなどという“不道徳なコメディ”『モーガンズ・クリークの奇跡』を撮っている。そのせいかどうかは知らないけれど、彼のアメリカでの作家生命は残念ながら四十年代で終わってしまった。

プレストン・スタージェス―ハリウッドの黄金時代が生んだ天才児

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