『エディット・ピアフ 愛の賛歌』

人気歌手の伝記映画の難しさは、たとえば『グレン・ミラー物語』『ベニイ・グッドマン物語』『愛情物語』『バード』など音楽家のそれと違って、一般的に主人公の顔が広く知られているゆえに、よほどのソックリさんでないと観客が違和感を持ちやすいという点。しかも、たとえ瓜ふたつのソックリさんだったとしても、声色まで似ているとは限らないから、やはり人気歌手の伝記映画ですべての点において観客を満足させることは至難のワザといえる。
近作『ビヨンドtheシー』では、ケヴィン・スペイシーがボビー・ダーリンのヒット曲を全て吹き替えなしで歌うという離れ業(これがまた素晴らしく巧い!)をやって成功していたが、これはむしろ例外的で、聞きなれたヒット曲はやはり本人の歌声で聞きたいというのが観客の本音だろう。たとえば『ジョルスン物語』では、アル・ジョルスン役はラリー・パークスが演じたが、歌は全曲本人の吹き替えだった。ジャズ奏者チャーリー・パーカーの伝記映画『バード』も、手法は『ジョルスン物語』同様、本人の吹き替えを使っている(ただしチャーリー・パーカーはすでに故人だったので残されていた音源をブラッシュアップして使用するという高度な技術を駆使している。)
エディット・ピアフ 愛の賛歌』の手法も基本的には『ジョルスン物語』と同じ。あのピアフの歌声を模倣することは不可能と判断したからだろう(74年に製作されたピアフの伝記映画『愛の賛歌』では吹き替え。)。そして本作ではこの手法が、主演マリオン・コティヤールの熱演とあいまって、ものの見事に成功している。
ピアフの実人生は、自動車事故四回、自殺未遂一回、麻薬中毒治療四回、睡眠療法一回、肝臓病治療三回、アル中発作二回、手術七回、気管支肺炎二回、肺水腫一回(『愛の賛歌〜エディット・ピアフの生涯』新潮社刊)というまさに波乱万丈、満身創痍。イヴ・モンタンシャルル・アズナブールを見出した“愛の生涯”でもある彼女の生涯を、もし時間どおりに並べて描いてしまえばNHKの朝の連続テレビ小説みたいな“女の一代記”的な薄っぺらなドラマになってしまう。そこで本作は、誰もがよく知っている彼女の全人生の時間軸をあえてバラバラに解体。『バード』と同じように、総体で“人間”ピアフを描いた。
ピアフ自身の鳥肌が立つほどの歌声とマリオン・コティヤールの熱演、そして練りに練られた構成によって、歌手の伝記映画としては最高の出来栄えに達していると思う。
監督はオリヴィエ・ダアン。この人ならジュディ・ガーランドの伝記映画が撮れるかも知れないと思った。

バード [DVD]

バード [DVD]

ジョルスン物語 [DVD]

ジョルスン物語 [DVD]

ジュディ・ガーランド

ジュディ・ガーランド