『なつかしの顔』

映画法によるシナリオの事前検閲やフィルムの配給制など戦時下の厳しい情勢の中で製作されながらも、成瀬巳喜男の演出家としての才能が光る秀作。
昭和十六年のある農村。模型飛行機遊びに興じる少年たち。その中に本作の主人公である弘二。彼の家は兄が出征していて男の働き手がおらず貧しい農家である。だから弘二には模型飛行機がない。友達の模型飛行機を木に引っ掛けてしまった弘二は、それを振り落とそうとして木から落ち、怪我をする。
ちょうどそんな日、街で上映されている記録映画に出征中の息子(弘二の兄)が写っているという噂を耳にする母親。彼女は息子の姿をひと目見るため街に出かける。バス代を倹約するために街道を歩く母親。
街に着くと彼女は玩具屋に模型飛行機が並んでいるのを見つける。店主に値段を訊くが、高くて買えない。夜、筵敷きの映画館で記録映画が上映される。食い入るようにスクリーンを見つめる母親。しかし、感極まって涙を拭っているうちに記録映画は終わってしまう。家に帰った母親は、息子は元気そうだったと言う。
翌日、バスの中に乳飲み子を背負った息子の嫁の姿。彼女も玩具屋の前を通りかかる。映画館に着いた彼女は、しかし映画館には入ろうとせず、何度も映画館の前を往復する。夜、彼女が家に帰る。その手に模型飛行機。彼女も夫が元気そうだったと、母親に言う。
次の日、弘二は友達から義姉が映画館に来ていなかったと教えられ、義姉が映画を見るカネを惜しんでまで自分のために模型飛行機を買ってきてくれたことを知る。彼は泣く。そこへ学校の先生がやって来て、映画館から記録映画を借りてきて村で上映することになったと告げる。映画を見に学校へ向かう家族の笑顔・・・・。
兵士の行軍や訓練風景、戦闘機の飛来を点描することで巧みに検閲の網をかいくぐり、銃後の農村に暮らす人々の質素な日常と健気な思いやりを、わずか三十数分のフィルムに刻んだ成瀬の手腕は、むやみに長い映画ばかりを撮る最近の映画人に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいほど立派。
冬の日差しを捉える繊細な感覚、冷ややかな空気の感触まで伝わってくる画は、とても六十年以上も前の旧作とは思えないほどの新鮮さである。
こういうのを、本物の映画という。