『秀子の車掌さん』

CS某局で放送された成瀬巳喜男の『秀子の車掌さん』(昭和十六年)を見た。面白い!
山梨県甲州街道沿いをおんぼろバスが走っている。運転手は藤原鎌足、車掌の“おこまさん”が高峰秀子(当時十七才。可愛い!)である。ライバル会社の新しいバスに客を奪われ車内はガラガラ。乗ってくるのは荷物を山ほど抱えた客だけというありさま。“おこまさん”も路線沿いにある実家に途中立ち寄ったりする。のどかである。
ある日、ラジオでバスガイドの名調子を聴いた“おこまさん”は、客寄せに自分の乗っているバスでも名所案内をやろうと思いつく。あっさり社長が認めたので、“おこまさん”は町の温泉宿に逗留している三文文士に原稿を依頼する。
その原稿を練習する“おこまさん”。そしていよいよ本番。ところが、ガイドに聞き惚れた運転手が田圃にバスを落としたり、客の女学生がコーラスを始めてしまったり。ガイドを聴かせるどころじゃない。
運転手ひとり、車掌ひとりだけのバス会社は、とうとうおんぼろバスを売り払ってしまう。そんなことも知らず車内で明るくガイドをする“おこまさん”・・・
他愛もないお話である。が、監督の力量が出るのはこんなとき。
成瀬巳喜男は主にPCL、東宝の雇われ監督として、会社から与えられた企画を黙々とこなした。その数八十九本。玉石混淆ではあっても、百戦錬磨の職人であることには違いない。『秀子の車掌さん』にはそんな彼の映画屋としての技量が存分に滲み出ている。
戦時下の作品で、ほとんど全編ロケーション。これが当時の貴重な記録にもなっている。初夏のキラキラした陽射しと山麓の風、そして淀みないカッティング・・・。平凡なお話が成瀬の手に掛かると、実に生き生きとした映画的空間と時間の流れを作り出す。