『運命じゃない人』

たった一夜の間に起こった出来事を、複数の登場人物それぞれの視点から、時制を行きつ戻りつ語るという技巧的な作品でありながら、婚約者に裏切られた女性とお人好しの青年の出会いをなかなか情感豊かに描いた秀作。
手法としては、近年ではクエンティン・タランティーノの『パルプ・フィクション』などの諸作、少しさかのぼるとタランティーノがオマージュを捧げたスタンリー・キューブリックの『現金に体を張れ』、さらにさかのぼれば、ジョゼフ・L・マンキーウィッツの『裸足の伯爵夫人』や『イヴの総て』、オーソン・ウェルズの『市民ケーン』などがその起源。外国映画では、しばしば見受けられる手法だけれども、時間という概念を情緒的に捉えがちな日本映画ではあまり見かけない。
若い女性が思いつめた表情で婚約者のアパートの鍵を郵便受けに放り込んで立ち去るファースト・シーンから、彼女がその夜たまたま出会って訪れることになったお人好しの男のアパートに、翌朝再び戻ってくるラスト・シーンまで、まことに緻密かつ簡潔に組み立てられたシナリオがお見事。ビリー・ワイルダーの『アパートの鍵貸します』へのさりげないオマージュといい、映画ファンを喜ばせてくれる手腕もある。
脚本兼監督の内田けんじ、新人にしてはなかなか達者だけれど、映像的には少々平板な印象がある。これを克服すれば名匠の域?

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市民ケーン [DVD] FRT-006

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