『かあちゃん』

当地では公開されなかった旧作。今回日本映画専門チャンネルで放送されたのを初めて見た。
天保年間、江戸下町の長屋にドケチな一家が住んでいた。“かあちゃん”こと、おかつ(岸恵子)と三人の息子、それに娘の五人家族である。一家は毎月の月初めと十四日、決まって貯めたおカネの勘定をするという噂。これを偶然聞きつけた喰い詰め者の若い無宿人が、その夜、かあちゃんの長屋に忍び込む。ところが強盗は初めてというこの男、憐れな身の上がかあちゃんの同情を誘い、温かいうどんをご馳走になったばかりか、なんとこの家に居ついてしまう。
聞けば、かあちゃん一家は、三年前に窮乏のあまり親方のカネに手を付けて御用になった知り合いの男のために、商売の元手を作ってやっているのだという。その男が明日にも牢を出て帰ってくる。やがて無宿人の若者も三人の息子たちと一緒に大工仕事を始める・・・・という人情噺。原作は山本周五郎山本周五郎の小説の映画化は黒澤明が得意だったけれど、これは和田夏十さん他の脚本。監督市川崑
人間関係が希薄化し世の中が殺伐としている昨今、時代錯誤と言ってしまえばおしまいだけれど、こういう人情噺を見ていると正直ホッとする。見ていて気持ちが良い。最近は見ていて気持ちの良い映画が少なくなった。
岸恵子のキャラクターは、気風が良くて一見ぶっきらぼう、でも人情味豊かで優しい。同じ市川崑監督作品『おとうと』の姉役に通じるところがある。意外にこういう役柄は難しいと思うが、適役。映画で育った女優でないとこういう役はできない。
西岡善信の美術も素晴らしい。粗末で薄汚く埃っぽい屋内の造作が絶品。真冬の貧乏長屋の寒さが実によく出ている。
市川崑は『股旅』でもそうだったが、時代劇のセットに妙なリアリティを出すのが巧い。まるで昼のように明るいテレビの時代劇のセットとは対照的。
追悼放映ではなかったが、たまたま市川崑監督の他界と重なった。市川監督75本目の作品。冥福を祈ります。合掌。

おとうと [DVD]

おとうと [DVD]

股旅 [DVD]

股旅 [DVD]