☆☆☆★★★

『エミリー・ローズ』

これは拾いもの。悪魔の存在を法廷で争うというところが、いかにもアメリカ映画的で面白い。 法廷劇は伝統的にアメリカ映画が得意とするジャンルのひとつ。ビリー・ワイルダー監督の『情婦』、ポール・ニューマンがアル中の弁護士を演じる『評決』、グレン・…

『カーテンコール』

団塊の世代(昭和二十二年から二十四年生まれ)が就職や進学のために故郷を離れていったのは昭和四十年代のはじめ頃から半ば頃にかけて。テレビ受像機が大半の家庭に普及して映画館から観客の足がすっかり遠のいてしまったこの時期、若者の多くが都会をめざ…

『マルチュク青春通り』

『マルチュク青春通り』は一九七八年、軍事政権下の韓国が舞台。翌年の七九年には当時の大統領パク・チョンヒが暗殺される事件が起こった。この事件は、大統領専任の理髪師をソン・ガンホが演じる『大統領の理髪師』でも描かれていた。 その『大統領の理髪師…

『四月の雪』

同じ自動車に乗り合わせていた男女が交通事故で重傷を負う。知らせを受けた男の妻(ソン・イェジン)と女の夫(ペ・ヨンジュン)が病院に駆けつけるが、男女の持ち物(携帯電話など)からふたりはお互いの配偶者同士が不倫関係にあったことを知る。病院前の…

『ヴェラ・ドレイク』

映画のキャスティングはとても大事だと思う。キャスティングが映画の成否を握ると断言する監督も少なくない。たとえば、バーテンダーならこういう顔、この俳優というイメージがあらかじめ観客の側にあって、演じる俳優がそのイメージに合わないと、どんなに…

『ウィスキー』

記念写真に収まる際の合言葉、日本では“チーズ”(『寅さん』シリーズではご存知“バター”ですね)と言うところを、ウルグアイでは“ウィスキー”と言うらしい。映画は見知らぬ遠い異国の面白い風習や文化を教えてくれる。ウルグアイ映画としては日本初公開との…

『ニライカナイからの手紙』

上田秋成の原作を映画化した『雨月物語』には、出奔したまま行方知れずになった亭主の帰りを待ちわびながら、亡霊となってわが子を見守る母が描かれていた。『ニライカナイからの手紙』の母は、この『雨月物語』の田中絹代が演じた母を思い起こさせる。わが…

『帰郷』

小さな小さなロードムービー。後味がとても爽やかで、映画館を出る頃にはささやかな幸福感に満たされる。 東京から帰郷した晴男は、八年ぶりに初体験の相手・深雪と再会する。彼女には七歳になる娘・チハルがいる。「あなたに目元がそっくり」。そう言い残し…

『ザッツ・エンタテイメントPART2』『ザッツ・ダンシング!』『ザッツ・エンタテインメントPART3』

『2』は、マルクス・ブラザースのコメディやキャサリン・ヘップバーン&スペンサー・トレイシーの共演作なども加えられていて、それなりに面白く大変貴重ではあるのだけれど、ミュージカル映画ファンとしては少々冗長なところがあり、正直不満が残った。 ジ…

『犬猫』

ベージュ色の布地に“犬猫”というタイトル文字が浮かび上がったとたん、身構えた。近頃急激に増殖し続けているらしい小津信者の、これは猿真似映画ではないか、と思ったからである。しかしそれが杞憂に過ぎないことは、じきに判った。 東京の郊外(国分寺あた…

『山猫』

手元の古い資料によると、『山猫』の日本初公開は64年1月。海外配給権を持っていた二十世紀フォックス社が製作した英語版で、オリジナル版より三十八分も短く、しかも三十五mmという不完全なものだったらしい(まだ十歳にも満たないワタシは当然見ていない…

『秀子の車掌さん』

CS某局で放送された成瀬巳喜男の『秀子の車掌さん』(昭和十六年)を見た。面白い! 山梨県の甲州街道沿いをおんぼろバスが走っている。運転手は藤原鎌足、車掌の“おこまさん”が高峰秀子(当時十七才。可愛い!)である。ライバル会社の新しいバスに客を奪…

『珈琲時光』

鬼子母神前(雑司ヶ谷あたり)から鉄道を使って神田神保町の古書店街へ出かけるにはいくつかのルートがある。ひとつは、都電荒川線の東池袋で地下鉄有楽町線に乗り換え、飯田橋でさらに総武線に乗り継いで御茶の水に至るルート。ふたつ目は、都電荒川線で大…

『パリ・ルーヴル美術館の秘密』

これは面白かった。 ローラースケートに油圧ポンプの大型クレーン、はたまた美女が放つ拳銃の残響。およそ美術館には不釣り合いな大道具小道具たちが意外な役割で登場し、見る者を楽しませてくれる。 古今東西の貴重な美術品が雑然と並べられ、思いのほかぞ…

『下妻物語』

幾分腫れぼったいような一重まぶた、やや張りだした顎の線にちょっと淫らな唇。深田恭子の容貌は若い頃の若尾文子にとても似ていると思う。 若尾文子は、明朗快活で笑顔の可愛い小娘かと思えば、溝口健二や増村保造の映画では、強烈な色香で男たちを惑わせ破…

『深呼吸の必要』

タイトルに惹かれて見に行った。 本土から沖縄にやってきた七人の若者たちが、日給五千円でサトウキビの収穫作業に従事する。ただそれだけを描く映画。 七時起床。朝食を摂ってサトウキビ畑に行き、収穫作業。日が落ちると雇われ先の農家に帰宅。そして晩御…

『ロスト・イン・トランスレーション』

今年前半ではこれが一番気に入っている。 東京は不思議な都市で、出張で一日歩いたりするとひどく疲れるのに、すぐにまた行きたくなったりする。それは、絶えず変貌し増殖し続ける街の混沌とした風景こそが、この街の魅力だからだろうと思っている。だから、…

『セルピコ』

希望に燃えて警察学校を卒業したアル・パシーノがNY市警の現場に配属される。が、そこでは組織ぐるみで汚職が横行。警官たちは腐敗しきっている。賄賂を拒絶したパシーノは仲間はずれになり、脅しを受け、市警全体を相手に戦うことになる。捜査中に相棒の…

『さゞなみ』

『さゞなみ』には、小津映画の痕跡がいくつも見て取れる。 母と娘の物語が『秋日和』を思わせることはアチコチに書かれているようだから、それ以外の細部を拾っていくと・・・・ まず、母娘が旅先の川原で撮った記念写真。小津の映画で記念写真が撮られると…

『さゞなみ』

華奢な体躯、か細い声。内省的で口数の少ない娘(唯野未歩子)の、繊細で、それでいて希薄ではない存在感が圧倒的に素晴らしい。 映画『さゞなみ』は、山形県のある市役所で水質検査技師として働く彼女の、禁欲的でつつましく、規則正しい日々を丹念に描いて…

『船を降りたら彼女の島』

大動脈から外れている分開発を免れ、昔のままの佇まいを残しているところ。住んだことがないのに無性に懐かしい風景が広がっているところ。数年前、瀬戸内・愛媛を旅したときの印象である。『船を降りたら彼女の島』には、そんな当時のままの暖かい空気と香…

『スコルピオンの恋まじない』

舞台は一九四〇年のある保険会社。ベテラン調査員(ウディ・アレン)の前に凄腕の女性社員(ヘレン・ハント)が現れ、調査部門をリストラしようとする。二人はたちまち衝突し不倶戴天の仇同士となるが、ある夜魔術師が二人に催眠をかけてしまったことから話…

『刑務所の中』

世に刑務所映画は多けれど、脱獄する気など毛頭ゴザイマセンという囚人たちが主人公の映画なんて、これまであったかしらん? 傑作『穴』、そして『抵抗』『パピヨン』『ショーシャンクの空に』、ついでに『第十七捕虜収容所』『大脱走』などの収容所ものを思…

『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』

私小説ならぬ私映画なるものは、もともと製作規模の小さな欧州映画や日本映画あたりが得意とするジャンル。アメリカにもその種の映画がまったくないわけではないが、観客が期待する展開と結末をあらかじめ計算し尽くし、メガヒットを約束された映画のみが製…

『僕のスウィング』

ジャズの醍醐味は何と言っても偶数拍にリズムの力点を置くことから生まれる強烈なスウィング感。 ジャンゴ・ラインハルトとフランス・ホットクラブ五重奏団の演奏の魅力は、ギターが奏でる駆け足のようなリズムが生み出すスウィング感と、バイオリンが奏でる…

『猟奇的な彼女』

クレイジーな彼女に気弱な男が振り回される映画というのは、実は三十年代のハリウッドで流行ったスクリューボール・コメディお得意の世界。ハワード・ホークスの『赤ちゃん教育』『僕は戦争花嫁』、プレストン・スタージェスの『レディ・イヴ』など、男と女…

『遙かなるクルディスタン』

『アラビアのロレンス』から『ミッドナイト・エクスプレス』に至る映画的記憶の中で、ワタシにとってトルコという国はどうも“あぶない”ところ、それも倒錯的な危険がいっぱいという印象が強い(これを“映画的偏見”とでも呼ぶのか? 本当のところは何も知りま…

『酔っぱらった馬の時間』

弛緩しきった日常に身を浸している者にアタマから冷や水を浴びせかける厳しい映画。 大人たちが勝手に引いた国境線に子供たちが翻弄される映画に『白い国境線』という古い映画があった。同じ村に住む子供たちが、ある日を境に、突然大人の論理によって引き裂…